アジアを読む:深掘り
アジアを読む:深掘り
「世界観を共有する」と聞くと、一つの価値観へ人々を導くことのように聞こえます。
しかし一色大悟副部門長/特任准教授は、それはまったく逆だと言います。
人は同じことを学んでも、同じ人間にはならない。むしろ学ぶからこそ、多様な考え方が生まれるのだと語ります。
最後に、「世界観を共有すること」と、「社会の人々が自ら思考できる状態を保つこと」との関係についてお話しします。
私は、大学で活動する意味の一つを、「社会の人々が健全に思考できる状態を支えること」だと考えています。その意味でU-PARLの活動にも取り組んでいます。
そのとき、「世界観を共有する」ということが、一つの考え方に社会全体を収斂させることだとは考えていません。
これは私自身が研究している仏教学や、江戸時代の学びのあり方からも言えることです。当時、人々は確かに同じ仏教を学んでいました。江戸時代には中央集権化が進み、各宗派に中央の教育機関が整備され、多くの人が同じ教材を読み、同じように学んでいました。
しかし、新しい仏教学説を生み出すことは否定されていませんでした。
なぜなら、学ぶということは知識を自分自身の中で受け止めることだからです。そして人はそれぞれ異なる人生を生きています。だからこそ、学びを受け止めた結果として表現される理解や解釈が異なるのは当然のことです。
つまり、自分ごととして学ぶというのは、世界観を共有しながらも一つに収斂することではありません。一般的な理念や知識を、それぞれの具体的な人生の中で実現していく過程なのです。
したがって、私たちが目指していることが、知識を社会に広げ、人々を図書館が生み出す知識世界へ招き入れることであったとしても、その目的は思考の統一ではありません。むしろ、一人ひとりが自ら考え、それぞれ異なる考え方を育み、多様性を生み出していくことにあります。
私は、その二つは対立するものではなく、むしろ同じ方向を向いているものだと考えています。
※2025年10月実施のU-PARL研究者座談会の発言をもとに再構成。画像は2026年3月開催「第2回文理融合・東西融合フォーラム」で撮影。
掲載日:2026/10/30
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