2025年東京大学オープンキャンパス関連企画「アジアへの扉」の冒頭、
U-PARLの一色大悟副部門長/特任准教授は、資料の紹介に先立って
「そもそも研究とは何か」を語りました。
AIや検索で情報が手に入る時代に、研究者は何を考えているのでしょうか。
情報があふれる時代に、なぜ研究が必要なのか
今は、インターネットで調べればさまざまな資料が見つかります。最近はAIに質問すれば、必要な情報をいくつも提示してくれる時代になりました。情報はかつてないほど手に入りやすく、あふれています。
では、そのような膨大な情報の中で、何が探究や研究に使える資料なのでしょうか。なぜ私たちは、その資料を研究に有用なものとして紹介するのでしょうか。
まず考えるべきなのは、「そもそも何かを深く調べる、研究するといった行為とは何か」ということです。有用な資料だからこそ紹介されるわけですが、その前提として、研究とは何かを理解する必要があると思います。
私はこれまで、自分自身の研究だけでなく、研究プロジェクトの運営や、学問がどのように成立するのかといったテーマにも取り組んできました。その観点から、研究、あるいは探究とは何なのかをお話しし、その中で資料がどのように選ばれるべきかを説明したいと思います。
研究が成立する三つの条件
これは私の持論ですが、研究や探究、あるいは根拠をもって何かを語るという行為には、三つの条件があります。文系・理系を問わず、あらゆる分野に共通する条件だと考えています。
第一は、自分以外の人と共有できる問いを立てることです。
私たちは日常的に疑問を持ち、問いを立てています。しかし、自分にしか理解できない問いや、他者に伝わらない問いでは、根拠をもって語る営みにはなりません。研究は人とのコミュニケーションの中で成立するものです。したがって、他者にも理解されうる問いでなければなりません。
また、人間は何も対象がないところで考えることはできません。問いには、必ず何らかの具体的な対象やスコープが必要です。
第二は、その問いに答えるための具体的な方法があることです。
問いを立てただけでは研究にはなりません。実際にその問いに答えるための手段が必要です。そしてその方法は、現実に実行可能で、他者と共有できるものでなければなりません。
たとえば、「神仏に祈ったら奇跡が起きたので解決した」という形では、一般的な社会の中で共有することは難しいでしょう。研究においては、合理的に説明できる方法が求められます。
そして第三は、最後までやり切ることです。
どれほど良い問いを立て、優れた方法を考えたとしても、中途半端なままでは成果として世に出すことはできません。最後まで考え抜き、答えをまとめることが必要です。
研究のレベルを決めるもの
では、この三つの条件を満たしていれば、すべて同じレベルの研究になるのでしょうか。
私はそうではないと思います。
たとえば、「今日の昼ごはんは何を食べようか」という問いを立てたとします。「みんなが食べているものが一番おいしいに違いない」と考えてアンケート調査を行い、その結果、マクドナルドが最も人気だったのでマクドナルドを食べることにした。これも一応、問いを立てて調べて答えを出したことになります。
しかし、私たちが通常イメージする研究や探究とは少し違います。
研究のレベルを高めるためには、先ほどの三つの条件を、最後まで論理的に破綻なく考え抜くことが必要です。
問いは適切か。 方法は本当に問いに答えられるのか。 その前提は妥当なのか。
そうした点を徹底的に吟味することによって、研究や探究は深まっていきます。
掲載日:2026/11/6